〈第110回〉
2月の定例会は、新型コロナウイルス感染症の予防および拡大防止のため中止。3月上旬に畑耕一郎会長をはじめ、運営委員による緊急会議が行われた。第110回以降は新型コロナウイルス終息までの暫定定例会として、運営委員と調理を担当する料理人、そして次月の担当を合わせた10名体制で開催することとなった。会では決まりとなっていた前菜の発表は行わず、各自が考えたテーマによる試作を発表し、参加者全員による討議形式で行うことになった。

柚野 克幸
西心斎橋「ゆうの」
北寄貝と春野菜

一皿で味・彩り・香りのそれぞれを表現した試作だといえよう。ホッキガイはさっと霜降りに。干したヒモと干し椎茸などでだしをとり、ジュレにしてかけている。アスパラ・独活(ウド)・豌豆(エンドウ)などの春野菜、さらに菜の花をピュレにしたものに西洋山葵(ワサビ)を混ぜてソースを作り、敷いている。
ノレソレとウルイの大阪漬け
酒盗餡掛け

ノレソレとウルイの大阪漬けは、塩・酒などで酒盗餡を作り、これを太白胡麻油で乳化させたものを餡としてかけている。
【総評】日本料理の表現について
「春らしい彩り、そして香り、味わいも貝の旨さだけでなく、さまざまなバリエーションがあり面白い」という評がなされた。この評を受けて「日本料理には西洋料理のような視覚的な華やかさが不足していると感じる。しかし、それは作り手の想いであって、食べ手との間に通じるものがなければ意味をなさないのではないか」との意見が投じられた。この意見に対して「確かに現代は、餡やタレなどをそのまま掛けることに抵抗を感じている日本料理人が増えているようだ。例えば、エスプーマにするなど。でも、食べ手は日本料理を食べに来ているので、『何がしたいんだ?』と問われることもある。現代の日本料理における表現法について、今一度考える必要があるのではないか」。さらに、これを受けて「西洋料理のソースに対応するものに、日本料理では餡やタレ、また最近ではジュレなどがある。今回の試作でも感じたが、味わいは良くても、素材と混ざることで台無しになってしまうこともある」。この意見は、それぞれの味を楽しむ西洋人と異なり、日本人は口内で複雑に混ざった味を楽しむという食習慣があるからと思われる。また、他の会員からは「日本料理本来の在り方は、この料理を食べさせたいという想いがそこになくてはならない。一皿の中で多くを表現することも時には必要かもしれないが、そのための品書きにしなくてはならない」。
二品目のノレソレとウルイの大阪漬けについてのコメントは、「ノレソレの生臭さが感じられた。ノレソレを扱う場合は、活けのもの。あるいは60℃で湯引きすることで生臭みが消え、食感も良くなるので心がけてほしい」。このほかにも「これは料理の間の口直しと考えていると聞いたが、間に供する一品であるなら、味わいのすっきり感がなくてはならない」との指摘があった。



中田 孝太郎
黒鯛ノ松波甘藍(マツナミキャベツ)豆乳摺り流し

「大阪をテーマに、こだわった料理を心がけたい」という中田氏による、“茅渟(チヌ)の海”から着想を得た料理。チヌ=黒鯛ということに加えて、選択した理由には比較的安価というコスト面もある。自身が目指す店の価格帯で扱える大阪食材として着目したそうだ。まず黒鯛を三枚におろし、塩をする。これを米油とともに真空密閉し、80℃の湯に入れる。次に蒸した松波キャベツ・帆立貝・豆乳をミキサーにかけてから火を入れる。新ジャガは摺りおろして煉っている。醤油粕と梅のペーストを作り、黒鯛のウロコは揚げ、木の芽とともに盛っている。
【総評】作りすぎないのも日本料理の魅力
「いわゆる和製の黒鯛のコンフィ。そこに玉ネギでは甘くなりすぎるので、キャベツと新ジャガを合わせたのは良かった。またジャガイモをおろして煉るという発想も素晴らしい」との評がなされた。次に「中田氏は今回が最初の発表ということで、かなり力が入っていたことは料理を見れば分かる。低温加熱による黒鯛の仕上がりは良かった。ただ、帆立や豆乳など作り込み過ぎたのではないか」。このコメントを受けて、「クセのある黒鯛を活かす狙いはとても良かった。気になったのは料理名が摺り流しとなっている点。最近、人気の手法であることはよく分かるが、それで摺り流しを選んだのなら、摺り流しらしい仕上がりにすべきだったように思う」。これを受けて「私もそこが気になった。日本料理では何を食べさせたいのか、料理人の想いが食べ手に伝わることが大切なのではないか。あれもこれもやりたい気持ちは分かるが、ひとつのことを非常に高度かつ完璧に仕上げるところに美学があると思う。作りすぎないことも大事ではないか」との意見もあった。



山﨑 浩史
旬菜「山﨑」
大阪の調理師専門学校在学中、曽根崎にあるアルバイト先の「八幸」でお世話になった板前の先輩に感銘を受け、日本料理人の道を選択。卒業後、堂島にあった「紬」の川下板長に6年間師事し、更に、西天満の老舗料亭「芝苑」で4年間修業。そして28歳の時に、出身地・吹田市に自店(現「旬菜山﨑 佐井寺店」)を開業しました。長年地域の方に支えられ、応援頂き、平成21年「旬菜山﨑 竹谷店」を開店。郊外という地域柄、年配の方や親子三代でのご利用なども多く、ご要望に応えて、ゆったりと座って頂けるカウンターや椅子席の個室をご用意している。
蛤の飛龍頭

蛤と鶏のブレンドだしを考える試作料理。飛龍頭の生地に湯引きした蛤を合わせ、油で揚げる。蛤だしに鶏だしを合わせ、若牛蒡(ゴボウ)の茎・ウルイ・木の芽・蕗の薹(フキノトウ)を入れ、葛粉をひいている。
鰆田楽

鰆の田楽は、舞茸を入れた塩麹を切り身に塗って一日置く。若牛蒡の葉と根の部分で作った田楽を塗って焼いている。
【総評】これからの日本料理のだしの行方
「ひとつはこれからの新しい日本料理のだしの在り方を示唆するような料理であったし、もうひとつは若牛蒡の土の力がみなぎる料理。春野菜はこう使うべきという主張が感じられたと思う」との意見が聞かれた。「蛤と鶏のブレンドだしが面白い。昆布だしではなく、あえて鶏だしを使用している。いうまでもないことだが、鶏だしを使えば脂で汁が濁る」。この意見について他の会員から「ひと昔なら、椀に脂が浮くなど料理人として許されるものではなかった。しかし、だしの在り方についても考えていかなければならない時代となったのではないか。そのひとつに昆布の不漁問題がある」との問題提起がなされた。さらに他の会員からも「日本料理のだしといえば昆布と鰹が根底にあった。しかし、地球温暖化などの影響による長引く昆布不漁で、料理屋が求めるレベルの真昆布が以前のように使えなくなっている。これからこの問題にどう対処していくべきか、他店の考えを聞かせて欲しい」との発言があった。たしかに、ここ数年で真昆布の価格は急騰。最近は養殖ですら高騰している。参加会員の中からひとつの答えとして、次の様な提案がなされた。「まず料理によって昆布を使い分ける。次に、国産に限らず海外産の昆布にも着目し、研究を行う。そして、今回の試作テーマとなっている新しい混合だしをもっと日本料理の中へ取り込んでいく。この3つについて深く考えていくべきではないか」。昆布、そしてだしについての討論は次回以降に再度取り上げることとなった。

